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このページでは生出神社の基本情報を公開しています。参拝予定の方は、 地図で現在地から見る・奉納する・レビューを読むなどが可能です。
生出神社(おいでじんじゃ)は、山梨県都留市四日市場に鎮座する神社。祭神は建御名方命(たけみなかたのかみ)・八坂刀売命(やさかとめのかみ)。四日市場・下谷村の産神。旧郷社。江戸時代の谷村藩・秋元氏時代には秋元氏の産神。 生出神社は山梨県東部の郡内地方に所在し、都留市谷村から北東に位置する。都留市四日市場・井倉の境界にあたる生出山の北西麓に鎮座している。南には桂川の支流である菅野川(御祓川)が流れる。北には甲州街道・大月宿(大月市)から分岐し、吉田(富士吉田市)へ向かう富士道(現在の国道139号の一部)や、富士急行線・中央自動車道が通過している。 「四日市場」は中世に定期市が開かれたことに由来する地名とされ、戦国時代には『勝山記』天文2年(1533年)条に大月市猿橋町猿橋に架橋する猿橋が焼失した記事において、四日市場も火災に遭ったことを記している。江戸時代には四日市場村が成立し、富士道沿いの宿場町となった。 四日市場の西南方向には谷村が所在し、戦国時代には郡内領主の小山田氏が谷村館を築き、郡内領の支配拠点とした。江戸時代には谷村藩の城下町が築かれ、享保9年(1724年)に甲斐一国が幕府直轄領となると、谷村には谷村代官所が設置された。 生出山は標高701.4メートルの山で、山頂には生出山山頂遺跡があり、縄文時代早期や弥生時代中期の遺物が出土している。生出山には当社のほか井倉・法能に同一の祭神を祀る同社名の「生出神社」が鎮座する。『甲斐国志』によれば、当社を含む三社の生出神社は生出山山頂の小池東方の祠跡を奥宮としていたという。この小池や祠跡は現在では消失している。 井倉の生出神社に伝わる社伝によれば、生出山頂の小池にすむ白蛇が人々を脅かし、山頂に諏訪明神を祀ったことが創始で、延長7年(929年)に四日市場・井倉・法能の三箇所に遷宮し、旧社が奥宮とされたという。 『都留市社記』によれば、江戸時代初期に谷村藩主・秋元富朝が世子誕生を望み諏訪明神に祈願し、成就したため社名を「生出神社」に改めたという。近世には井倉村の生出神社神主である紫村美濃が兼帯している。 社殿は再建されており、『甲斐国志』によれば先代の社殿は元和年間に徳川氏家臣で郡内支配を担った鳥居成次により造営されたという。社蔵の棟札によれば、現在の社殿は明和5年(1768年)に郡内大工仲間の棟梁上鳥沢村、大森三左衛門藤原保義・谷村、花田甚助より再建されたもので、江戸の彫刻師後藤正常・正道親子による獅子の彫刻が残されている。
出典: Wikipedia
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